とても昭和だった


『激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、

 国の将来に思いをいたす』

昨日は【昭和の日】でしたね\(^o^)/

kotorinosofuboは皆、平成までの時代で他界してしまいましたが、

kotorichanが幼かったころには、

“明治”⇒“大正”⇒“昭和”生きてきたの?! すげーーー('Д')

とか、思ってました☆☆☆

現在は・・・と言うと、kotorichanもよもやまさかの三時代を生き、

もしかしてもしかすると四時代を生き切れるんじゃないかと思うこの頃。。。

kotorichanは、決して健康志向ではあーりませんが、

120歳寿命希望してます(*^-^*)いや、冗談ではなくて。

どこかの占術家さんの受け売りではないですけれど、

『60歳は還暦と言うけれど、人は120歳まで生きられるから

 還暦とは人生の折り返し地点のこと』的な感覚ですかね(^^;

kotorichanまさしく、未だ折り返し地点を目指しておりますから!

緑の風が薫ると、子どものころのことがよみがえってきます\(^o^)/

宮崎市から都城・えびの・日南と県内を転々としつつも、

kotorichanはいつも元気♪お勉強もそこそこに野山を駆け巡って、

日が暮れるまではお家に居なかった(“でじょごん”じゃから)笑

日曜日の朝、公民館から流れてくる♪ちぃちぃぱっぱ~♪に誘われて、

近所の子ども達が集まって(子ども会?)の行事で、

上級生のお兄さんお姉さんにアレコレと教えてもらったり・・・

やけに広かった借家の庭で、kotorinoaniの作った落とし穴にハメられたり、

雨上がりの学校帰りに、細い土管を繋げて作られた用水路の橋の中を

長靴を履いたままジャブジャブ歩いて渡ったり・・・

(今考えると結構おそろしい(;^ω^))

近所の広場の地面に穴を掘って、ビー玉とかもやってたなぁ~~~

初めてモグラを見たのもこの頃だった(@_@)目がなかった!

陣取り、缶蹴り、だ・る・ま・さ・ん・が・転んだ!!

兎に角、走り回ってたぁーーー!!!

十五夜の子ども相撲大会なんてのもあったな!

住まいの裏側にあったみかん山に“冒険”して登って、

結果、通っていた小学校のグラウンドに出た時のアノ衝撃★

いつも2㎞ぐらい歩いて行くのにぃ~~~『近っ!!!』( ゚Д゚)

味わいのある木の根っ子を見つけて、意気揚々と持ち帰り、

kotorinohahaに「この根っ子、味がするっちゃが!!」と自慢気に見せたら

「ニッキじゃろ?」「ニッキ…?(…えっ?知ってんの…?)」と、アッサリ。

レンゲの花も編んだし、へびいちごと野イチゴも見分けられるようになった!

オジギソウに悪戯に触れて、葉を閉じさせたり、ピーピー豆で笛吹いたり、

赤いサルビアの花を引っこ抜いて蜜を吸ったり、

オシロイバナで落下傘作って飛ばしたり、花実を集めて潰して粉にしてみたり・・・

・・・・・昭和だった・・・・・

写真は2週間ほど前でしょうか。kotorichanchiのガレージ横、

昭和の名残りのブロック塀に、少し小柄なアゲハ蝶が居て、

kotorichanを出迎えてくれました!

明日から5月~宮崎の夏は、もう直ぐそこまで来ています\(^o^)/